アットホームホスピスが見つめるもの

はじめに

 2020年、新型コロナウイルスが猛威をふるい、多くの方が亡くなりました。死につながる未知ウイルスのため、患者の臨終がせまってきても、その家族すら近寄ることができません。言葉をかけることも、手を握ることも。そして、荼毘にふす時でも。形は違っていても、そうした状況が日本だけではなく、世界中で起こり、医療のみならず、経済、教育、精神衛生、そして、家庭生活までもひっくり返そうとしています。
 ホスピスはどうでしょう。家族のお見舞いはどうなのでしょう。更に突っ込んで、仮に、がんでホスピス入院している患者さんに新型コロナが発生し、危機的状況に陥ったとしたらどうでしょう……。多くの課題が浮上します。一番悲しいのは、ホスピスケアのテーマは「もてなし(ホスピタリティ)」なのに、患者に触れることもできないことです。
 改めて、ホスピスケアとは? もてなしとは? なんでしょう。いずれ、新型コロナへのワクチンや治療法が確立されるでしょうが、この問いに向き合うことなしに将来を展望することはできません。

回想と展望そして反省
~ホスピスケアとホスピタリティ〜

 私が「ホスピスケア」を知ったのは学生時代でした。講演会で熱く語る柏木哲夫師の話に聴き入ったことを覚えております。そして、ホスピスケアの理念を「もてなし(ホスピタリティ)」と知りました。当時は「ホスピスケア」という表現ではなく、「ターミナルケア」が使われ、それが一般的でした。また、現代もそうですが、日本のホスピスケアは、がんとエイズだけを対象とすることを知りました。
 ところが、日本にそのホスピスがいくつあったかと申しますと、大阪市「淀川キリスト教病院」内で始まった緩和ケア病床(1973年:昭和48年)、その8年後に設立された浜松市「聖隷三方原病院」の緩和ケア病棟の二つだけでした(1981年:昭和56年)。
メアリー・エイケンヘッド
 ホスピスの発祥は18世紀のアイルランドです。当時のアイルランドはイギリスの植民地であり、人々はその弾圧に苦しみ、その悲惨さは死に場所すらない状態であった歴史が物語ります。これをなんとかしようと立ち上がったのが一人の教修道女、メアリー・エイケンヘッドでした。彼女は志なかばで他界しますが、その精神は後継者によって受け継がれ世界中へとひろがります。なかでもシシリー・ソンダースの名は有名ですが、その土台となった精神こそ先に述べた「もてなし」でした(注1)。
これがホスピス、そして、ホスピスケアのルーツです。
 ところが、その後の科学進歩は目覚ましく、医学や医療に大きく貢献します。なかでも、終末期に起こる痛みを緩和する技術を飛躍的に進歩させました。しかし、それによって当初のホスピス理念であった「もてなし」は影を潜め、緩和技術がホスピスケアの全面を占めだします。そうした動きは、自然と「ケア=技術」とのイメージを固め、遂には「ホスピスケア=専門家のもの」となり、現代に至っています。技術の進歩は大歓迎ですが、落とし穴も潜むことを忘れてはならないと思います。これは緩和技術の否定ではありません。技術は人間を豊かにするものであり、人間理解の深層へと導く手助けをするものであるからです。興味ある方は、拙著『悲しみを抱きしめて―グリーフケアおことわり』をご参照下さい。
 今回のコロナ問題はホスピスケアのみならず、人間の原点を再認識させようとしているのではないでしょうか。これこそ、広義の「ホスピスケアを深めること」であり、アットホームホスピスが関わってきた課題ですから、コロナ問題の悲劇とどう向き合うか、そして、そこからなにを学び取るかが重要です。

(注1)ジューナル・S・ブレイク『ホスピスの母 マザー・エイケンヘッド』春秋社 参照

次の時代を見つめて

 アットホームホスピスが法人となったのが2009年(平成21年)です。法人の目的は、ホスピスケアの啓発活動です。対象者は、当然ながら、がん患者さんやその家族さんでした。ところが、そこに欠けがあることに気付きませんでした。それは、次の時代をより充実したものにするのは、次の時代を担う子どもたちであり、それを対象とする活動が弱いことでした(先に「欠け」と書いたのはこれです)。そして、それに気付かせてくれたのも、子どもたちの声だったのです。更に、神戸のある本屋さんで行われる「子どもが子どもに読み聞かせ」活動を知り、それを見学したら「目からうろこが落ちる」衝撃が走りました。以来、時間があれば神戸に通うことになります。そうした経緯から生まれたのが「キッズ・リンクおはなし会」です。ホームページリニューアルにあたり、トップページにその情景を掲載したのも、その衝撃の大きさ、その出会いへの畏敬、それを担うことへの責任感を込めるからです。子どもたちにホスピスケアを伝承するといっても容易なことではありません。しかし、「いのちについて考える素地の提供」であれば、達成の可能性はあると考えております。
 小見出しに「展望そして反省」と綴りました。「反省」という言葉は消極的であり、読者にはマイナスイメージを与えますが、正直な思いを綴ることでマイナスをプラスにつなぎたく、これをもちましてリニューアルの挨拶とかえさせていただきます。 
理事長 吉田 利康